福岡地方裁判所大牟田支部 昭和25年(ヨ)3号・昭25年(ヨ)5号・昭25年(ヨ)6号・昭25年(ヨ)7号・昭25年(ヨ)10号・昭25年(ヨ)11号・昭25年(ヨ)12号 判決
申請人 原嘉彦 外百十三名
被申請人 三井化学工業株式会社
一、主 文
本件仮処分申請は之を却下する。
訴訟費用は申請人等の負担とする。
二、申請の趣旨
申請人代理人は「被申請人は申請人等の解雇無効確認等の本案判決の確定に至る迄申請人等を被申請人会社の従業員たる身分を保持させねばならない。被申請人は申請人等に対し賃金の支払その他労働条件につき従前の待遇を不利益に変更し、出勤停止その他就業を妨げる行為をしてはならない。」との判決を求めた。
三、事 実
申請代理人は、申請の理由として
(一) 被申請人会社(以下会社と略記)は染料等の製造販売を業とする会社、申請人等は孰れも被申請人会社三池染料工業所(大牟田市所在)の従業員であり、会社の従業員約九千三百名を以て組織する三池染料労働組合(以下組合と略記)の組合員であるが、会社は昭和二十五年二月二十八日抜打的に組合に対し左記八項目の整理基準を示して赤字補填を名とする企業整備による千二百四十名の従業員(全従業員数の約十五%に該る)の大量馘首を行う旨を発表し、次で同年三月四日附を以て申請人等に対し解雇を通告した。
整理基準
(イ) 勤務振り不良又は人物好しからざる者
(ロ) 職場規律を紊した者
(ハ) 業務能力の低い者
(ニ) 身体虚弱者
(ホ) 業務縮少の為適当な職なきに至つた者
(ヘ) 配置転換困難な者
(ト) 未復員者
(チ) その他会社業務に協力する程度が低いと認めた者
(二) 然し本件解雇は左記理由により実質上申請人等の正当な組合活動を理由とするものであつて不当労働行為を構成し、労働組合法第七条第一号に該当し無効である。
(1) 会社は本件解雇を以て赤字補填の為の人員整理であると主張するけれども(イ)会社の経営不振は経営者の経理の不始末に基くものであつて経理面を改善することによつて赤字を克服し得べきこと(ロ)昭和二十四年末に於ける株主総会で承認した損益計算書によれば当期純益金は四千七百余万円に達していること(ハ)昭和二十四年三月南米との間に染料六十屯価格四千万円の輸出が確定し、尚爾後毎月三千万円位の南米、東洋方面向け染料輸出の見通しがついたこと(ニ)会社は本件人員整理費として帝国銀行から一億円の融資を受けているが、これは帝国銀行が会社を融資の囘收可能な企業と判定して融資したものであること等を綜合すれば会社は崩壊寸前の瀕死の状態に在るものではなく寧ろ企業好転の状況に在り而も本件整理による人件費の浮き上りが九百万円に過ぎないことと対照して本件解雇は企業合理化に籍口する単なる馘首に過ぎない。
(2) 会社は昭和二十五年二月二十八日組合に対し団体交渉の席上同年三月十一日を以て解雇を確定する旨の千数百名の人員整理を含む企業合理化方策を提示したが、企業合理化方策を検討するに必要な製品の製造量、動力、「ガス」及び原料資材と製品量との「バランス」等に関する書類其の他の具体的資料を提出しなかつた。よつて、組合は経営復興の基本要綱、経営復興案、販売量仕切価格表等の企業合理化私案を提出すると共に、人員整理は企業合理化の一切の方策を考慮した後に於ける最終的方法であつて、会社提出資料では企業合理化方策を検討すべく資料不足である。従つて人員整理を撤囘した上で協議すべく、人員整理のみを組合に押しつけることは経営不振の責任の全てを労働者のみに押しつけることであると主張した。然るに、会社は右組合の私案については数十分の検討をしたのみで「ナンセンス」であると称して之を顧みず且具体的資料をも提出しないで自己の人員整理を含む企業合理化方策を固執し、組合の実質的介入を許さなかつた。よつて、組合は更に慎重な交渉を行う為解雇確定日の延期方を交渉したが、会社は之を拒否すると同時に会社経営の目黒研究所に於て整理の非対象者と思料せらるる従業員個人に対し同年二月二十八日附葉書を以て自重方を要望し、一面同年二月二十六日頃から職制を通じ課長係長を介し所属従業員に対し暗に同人が整理対象者に該当することを示して辞職を勧告した。而して会社は組合の意向を反映する余裕を与えず同年三月四日附を以て人員整理該当者に対し同年三月十一日迄に希望退職の届をしない場合は同日を以て解雇とする旨の一方的解雇通告をした。
会社は組合に対し昭和二十三年九月「整理解雇は左右すべからざることであり又当面之を行う意思もないが、万一整理の必要がある場合は方針、方法、人選等につき組合と協議する」「右協議とは再三再四協議を重ね協議を尽し、組合の納得を得た上で行うことを根本原則とする」旨を囘答し又昭和二十四年十一月「大量解雇の方針は組合と協議する」旨を確約したにも拘らず本件人員整理は之に違反し組合の意見の介入を許さず、自己の主張を固執して讓らず、全く一方的に為したものであつてその態度は組合の存在を無視した実質的団体交渉の拒否であると謂わなければならない。
(3) 別紙第二目録記載の申請人等は孰れも同目録掲記の如き組合活動の経歴を有し、爾余の申請人等も皆勇敢且熱心に組合活動に従事した組合の積極的分子であつて、本件馘首反対闘争の先頭に立つた者である。
(4) 本件整理の対象となつた組合幹部は十五名中の五名(組合長たる申請人E、情報宣伝部長たる申請人F、企画部長たる申請人A、厚生部長たる申請人G、給与対策副部長たる訴外岡本訓)であつて其の解雇率は一般の十五%に比し三十三%の高率に達している。
(5) 申請人E、F、A、Gは何れも組合から給料を支給せらるる組合専従者であるから赤字補填を名目とする本件整理の対象と為すべからざる者である。
(6) 本件整理基準は考え方によつて如何ようにも解釈し得べき漠然たるものであり殊に人物好ましからざる者又は会社業務に協力する程度が低いと認めた者との基準は該基準自体に於て会社が組合の御用化、弱体化を意欲することを明示して余りあるものである。
(7) 申請人等は本件解雇の通告に際し会社に対し整理基準の該当項目の明示を要求したのにも拘らず会社は何等の囘答も与えないし、その後申請人等の一部に付て示した解雇理由も浮動している。
(8) 申請人等は何れも本件整理基準に該当しない。而も別紙第二目録記載の申請人等は夫々会社主張の整理基準の該当項目に対し同目録所掲の反証事項を有し従て本件解雇は全く根拠を有しないものである。
(9) 会社は今次人員整理に於て日本共産党員たる組合員の殆んど全部に近き者を解雇している。
(10) 組合は昭和二十一年九月二十八日会社と労働協約を締結し、其の第五条所定の組合員の解雇に関することは組合の承諾の上行う旨の規定に基き組合の代表者を以て構成する人事管理委員会を設置したが、右労働協約が期間満了に因り昭和二十二年九月二十七日の経過と同時に失効した後と雖も引続き慣行として右委員会を存置し、不都合解雇に関する会社の諮問機関として運営し、会社も之を承認して来たのである。然るに会社は不都合解雇に於てさえ然も慎重な態度を採つていたのにも拘らず今次大量整理に際しては全然組合の意見を徴しなかつたのは右慣行に違反するものである。
(11) 会社は今次人員整理に於て労働基準法第十九条所定の業務上の負傷者(引続き療養中の申請人Cを含む)産前産後の姙産婦で休業中の従業員三十名、業務上の負傷を負いつつも休業せず連日作業に従事していた者、業務上の負傷で不具になつた者に対し何れも昭和二十五年三月十一日附を以て解雇を確定する旨の通告を為し、右法条所定の者については組合の追求により其の非を認めて法定期間満了迄解雇を延期するに至つた。以上の解雇は形式上は同法条の違反ではないけれども同法第一条に定めた精神に反する。
(三) 現在の社会一般の情勢は就職難、生活難の為一家心中其の他の悲惨事を惹起しつつある状態に在り、斯の如き場合に於て千数百名の人員整理を為す場合は充分個々の事情を考慮し、且組合の意見を尊重斟酌した上で最善の方策を講じ、互に信義誠実を尽して事を処理しなければならない。然るに
(1) 会社が今次整理で労働基準法第十九条所定の業務上の負傷者、産前産後の姙産婦で休業中の従業員三十名に対し同法所定期間満了の日を以て解雇する旨の通告を為したこと並結核患者で休業中の者及び未復員者を解雇したことは非人間的であり常軌を逸脱している。
(2) 敍上説示の如く会社が組合の意見の介入反映個々人の意見具申、生活実情の訴を拒否し又課長係長等を介し職制を以て個人を呼びつけ退職を強要し而も組合の再三の抗議を無視して之を強行したことは極端に不誠実の行為である。
(3) 会社は整理に際しては解雇理由を個人及び組合に通知し、合理的に諒解の出来る処置を講ずべきに之をしなかつたのは不誠意極まる行為である。
申請人等は多年会社に勤務し、戦時中は挺身空爆による工場の防衞に当り、終戦後も「インフレーシヨン」其の他の悪条件下に工場再建の為鋭意献身的努力を惜しまなかつた者である。本件解雇は斯る申請人等に対し前述の如き不誠意極まる処置の下に為されたものであるから信義誠実の原則に反し無効である。
(四) 労働協約によつて設定された労働条件の基準は労働協約の失効後と雖も既得権として規範的効力を有するものである。然るに本件解雇は前記労働協約第五条所定の組合の承諾を得ずして為されたものであるから法律上当然無効である。
(五) よつて申請人は会社を相手取り解雇無効等確認訴訟を提起すべく準備中であるが、現下の生活不安と失業難時代に於て労働力以外に何等の資産を有しない申請人等は其の家族と共に生命身体の危険に直面し、且つ、組合活動にも重大な損失を蒙るので申請の趣旨通りの仮の地位を定むる仮処分申請に及ぶ次第である。
と述べ、尚被申請人主張の申請人が本件解雇通告当時会社に対し夫々退職申出を為したことは之を認めるが、右退職申出は(1)解雇通告を有効なりと誤信して為したものであつて要素に錯誤があるから無効である。(2)右申請人等の真意の意思表示でないから無効である。(3)会社が解雇の無効なるにも拘らず整理該当者なることを告げ所定期間内に退職申出を為すときは退職金を増加支払う旨を通告して申請人等を欺罔又は脅迫して為された詐欺又は強迫による意思表示であるから本訴に於て之を取消すと附陳した。
(疏明省略)
被申請代理人は主文同旨の判決を求め答弁として
(一) 申請人主張事実中会社が染料等の製造販売を業とする会社であること
申請人等が申請人主張の解雇通告当時迄被申請人会社三池染料工業所(大牟田市所在)の従業員であつて、会社の従業員約九千三百名を以て組織する三池染料労働組合の組合員であつたこと、会社が昭和二十五年二月二十八日組合に対し企業合理化方策を提示し申請人主張の如き整理基準を示し千二百四十名見当の従業員(全従業員数の約十五%に当る)を解雇し度き旨を発表し、之に対し組合が申請人主張の如き企業合理化私案を提出したけれども会社が之を「ナンセンス」であると称して顧みなかつたこと、組合が会社に対し解雇予定日の延期方を交渉し、会社が之を拒否したこと、会社が会社経営の目黒研究所に於て一部従業員に対し同年二月二十八日附葉書を以て自重方を要望したこと、会社が同年三月四日附を以て申請人等を含む人員整理該当者に対し一方的解雇の通告を為したこと、会社が昭和二十三年九月及び昭和二十四年十一月申請人の主張する囘答及び確約をしたこと、申請人E、F、A、Gが本件解雇通告当時申請人主張の如き組合幹部であつて何れも組合から給料を支給せらるる組合専従者であつたこと、訴外岡本訓が今次整理により解雇せられ、当時組合幹部たる給与対策副部長であつたこと、会社が本件解雇通告に際し解雇理由を明示しなかつたこと、申請人主張の如き条項を有する労働協約が其の主張の日締結せられ、期間満了に因り其の主張の日失効したこと、組合が右労働協約に基き人事管理委員会を設置し、労働協約失効後も引続き之を存置すること、会社が今囘の整理に際し業務上負傷し療養の為に休業する者、産休者、公傷不具者、未復員者に対し解雇通告を為したこと、申請人等が戦時中挺身工場の防衞に当り、終戦後も工場再建に努力した者であること、申請人Cが本件解雇通告当時より引続き現在迄労働基準法第十九条所定の業務上の負傷者であることは孰れも之を認めるが別紙第二目録記載の事実は之を知らない。其の余の事実は否認する。
(二) (1) 会社は元来海外市場向け大量生産工場として設立せられた大規模の化学工場であつて、戦時生産に要した尨大な従業員を抱えた儘平和産業に移行したのであるが、戦後に於ける輸出の逼塞は必然的に会社経営の転換と縮少とを必至とし、従業員の出血も止むを得ない客観的状勢に在つたけれども経営者の責任と努力とにより極力人員整理の犧牲を避け難局の切抜け邁進して来たのである。然るに、化学工場の性質上其の使用する機械設備は其の耐用命数極めて短かく、且長期戦争に因る資材の逼迫に基く補修取換不能の為当時既に使用の限界点に達し又心臓部たる「コークス」工場其の他木造諸工場の爆撃による破壊焼失等の悲惨な状況の下に終戦を迎え而も昭和二十一年三月十六日制限会社令の適用を受け、資金の借入は勿論自己資金の使途についても厳重な制約を受けて復旧修理も意の如くならず、漸く昭和二十四年四月十五日制限会社の制約から解放せられ、工場の能率化、合理化の為工場設備の復旧、補修に九億円を超える借入金を注入したが、之も局所の改善補修に止まり、為に之等老朽機械設備を使用する工場生産は製品の品質と収率とに悪影響を及ぼし価格及び品質の競争に於て大なる負担となつている。次に、会社で大量生産される染料は戦前販路の中枢を為した東洋、南洋及び印度等の海外市場を失い、其の販路の大宗を喪失したが、昭和二十二年十二月末以来当局から輸出向纎維品の染色加工用として染料の増産命令を受け、之が設備資金として四億九千万円の借入を許された為、茲に漸く活路を見出し懸命の努力を傾倒したが、実際の可染物の輸入は予定を遙かに下廻り且輸出業者が為替「レート」の関係上大部分を染色加工を施さず生地の儘輸出した為会社製品の染料は五億二千万円の在庫を見るに到り、此の活路も遂に閉塞せられた。而して昭和二十三年度秋より昭和二十四年度にかけ経済九原則の実施、「ドツヂ」政策の強行等急激な経済安定政策の遂行は一般的な資金難及び急激な購買力低下を来した結果会社製品の売行は極度に困難となり、滞貨は激増し、売価は急落して遂に生産原価を割るものも少くない現象を呈するに至つた。更に、右経済安定政策の一環として現われた石炭及び苛性曹達の補給金撤廃は会社に甚大な打撃を与えた。則ち会社は石炭を基幹原料とする化学工場である為月間約二萬七千瓲の石炭を必要とするが、昭和二十四年八月に行われた石炭補給金制度の撤廃に因り直に月間四千万円の支出増を来し、同年九月に行われた曹達補給金の削減に因る値下りの為月間百万円余の収入減を招来した。又同じく経済安定政策の一環として同年九月十五日行われた配炭公団の解散は「コークス」価格の暴落及び配炭公団手持の四千万瓲に及ぶ大量「コークス」の放出を来し、既に生産過剰の状況にあつた「コークス」の国内在庫高を激増せしめ、一般産業の萎微も、購買力の低下と相俟つて、売行は極めて不振となり在庫は愈々累増の一途を辿る傾向を示した為会社に於ても其の販売価格は生産原価を割る様相を呈し従来独り黒字販売を続け唯一の確固たる支柱と思料された「コークス」部門に多大の打撃を蒙るにいたつた尚在来蓄積されて来た大量の輸入染料(約八百五十瓲価格約十七億円)が貿易公団の廃止に伴い昭和二十五年四月より一般に放出されることとなつた為染料製造業者は大なる重圧を受け、国内需要を考慮すれば本年の染料生産計画は大幅の削減を余儀なくせられることとなつた。
以上の原因は相重つて会社の経営を蝕み、其の経理状況は懸命の努力にも拘らず其の悪化を阻止することを得なかつた。則ち会社生産品の売行については昭和二十四年度上期(自四月至九月)月間平均生産高約三億七千万円売上高二億八千万円差引不足約九千万円、九月末在庫高十一億二千万円、同年度第三、四半期(自十月至十二月)月間平均生産高四億五千万円売上高三億六千万円差引不足九千万円十二月末在庫高十一億八千万円となり、資金の収支面については同年度上期月当平均収入総計三億円、支出総計四億三千六百万円、差引不足一億三千六百万円、同年度三、四半期月当平均収入総計三億六千八百万円、支出総計五億六千五百万円差引不足一億九千七百万円となり、負債関係については同年度上期に於ける未払金、借入金、割引手形残等の総負債合計は三月末十八億七千二百万円九月末三十一億六千九百万円差引十二億九千七百万円の負債増加、同年度第三、四半期十二月末に於ける未払金、借入金、社債、割引手形残等総負債合計三十七億六千三百万円となり同年度九月末に比し五億九千四百万円を増加した右の如き負債の累増は逐次会社の信用を失墜せしめ最早之以上負債の増加を許さない事態に立ち至つた。
会社は終戦後漸次経営困難の度を加え、殊に経済安定政策の強行を契機として一般的市況の深刻化するに及んで昭和二十四年四月経営合理化を策し、積極的には売上の増大に努力すると共に、消極的には各種支出の削減に務め、毎月三千八百万円の所期の経費節減の目的を達成することが出来た。然し斯る努力にも拘らず前述の如く会社の主要原料たる石炭及び曹達の補給金撤廃は必然的に会社製品原価の大幅の値上りを招来し、会社生産額の約十五%を占める「コークス」は配炭公団の解散と共に統制制度による販売価格及び数量の保護を失い其の販売は極度に不振となつた。其の間会社の生産は比較的順調に伸張したとは言え、原料高による生産「コスト」の昂騰は生産の伸張に反比例して益々赤字を稼ぐ結果となり、累積した巨額の負債に圧迫され、多額の在庫を抱え、売行の不振に悩む状態に立ち至り、茲に於て起死囘生の抜本策を講ぜざれば遂には一万の従業員を抱えた儘崩壊の止むなきに至るは火を見るより明白なことであるから遂に今回の経営合理化を企図した次第である。
而して今回の経営合理化に当つては(イ)営業所、出張所を新規増設し、営業関係従事者の質的向上を計り販売の強化に一層の努力を傾注し、(ロ)工場の整理統合を行つて経費の節減を計り(ハ)全製品につき設備技術の面から歩留りの向上を計画して原材料の節約を図り他方原材料の購買費の引下については各課各係宛の毎月の割当資金枠を厳重に遵守せしめて天引節減を行い又は集約購買による購買単価の引下に努力し、経費の節約についても支出枠を設定、厳重な予算統制を行つて支出の強力な削減を図り、(ニ)以上の合理化を推進する為合理化対策本部を設けて之が実施を統制促進すると共に監察機関を設けて責任体制の確立を図り、或は技術向上の為標準作業方法を確立することとし、更に徒らに余剰人員を抱擁して人件費の放漫支出、製品コストの割高を放置することは経営の現状に鑑み到底之を認容し得ないところであるから実働時間、人員配置、標準作業等の現状より判断し現在程度の規模を将来も継続するものとして最低千五百名の余剰人員ありと断定し之を整理することとした。尚この千五百名は最低人員であつて被整理者以外でも此の際退職を希望する者には出来る限り其の希望に副うこととし今囘の解雇者と同様の待遇をすることとしたのである。
(2) (イ) 会社の組合に対する今次経営合理化案の発表及び其の前後の経過は左の通りである。則ち被申請人会社社長は昭和二十五年一月十三日全従業員に対し経営の抜本的合理化の必要を告示し、其の後数次に亘り会社組合間に於て経営合理化につき交渉が行われたが組合は右告示当日より「ビラ」並に「ニユース」等によつて活溌な首切反対闘争を展開すると共に二月三日首切反対要求書を社長宛提出し、同月二十一日三池染料工業所長に対し首切を中止し首切を含まざる合理化の実施を強く要望する旨の公開状を提示し遂に同月二十七日首切反対の実力行使を決定するに至つた。
而して会社は同月二十八日組合に対し前記経営合理化案の全貌を発表すると共に詳細な之が説明を為し組合の協力を要望したが、組合は整理を含む合理化案の全面的徹囘を要求し両者は全く対立の儘当日の協議を打切り、続いて同年三月一日及び翌二日の団体交渉も前同様の全面的撤囘を要求して解決に関する具体的交渉に入らず完全に決裂状態に入り、組合は同月三日第一次波状「スト」を指令し、更に翌四日第二次波状「スト」の威圧を加えつつ団体交渉を行つたが依然具体的協議に入ることを避け、従前の撤囘要求を主張するのみで問題の平和的解決の道は既に閉ざされて仕舞つた。斯かる状況下に於て従業員の不安はその頂点に達し、時日を遷延することは益々従業員の不安を増大し其の結果は工場秩序の維持上由々しき問題の発生を危惧すべき事情に立ち至つた為会社は自衞上問題の早期収拾の必要を認め敢て個人通告を行うべく決意し同日組合に其の旨を申入れると同時に従業者全員に告示し同夜配達証明を以て被整理者宛三月十一日附を以て解雇する旨の通告を送り同時に当日迄に円満希望退職を要望する旨を附言した。
(ロ) 申請人は会社が組合に対し何等具体的資料をも提示しないで人員整理を含む経営合理化案を押しつけたと主張するけれども会社は前述の如く経営合理化案の全貌を発表すると同時に之が詳細な説明を行つたのみならず会社経営の内容については予て組合に対し賃増、突破資金等の団体交渉其の他の機会に於て詳細な説明を加え又四半期毎の予算説明の際或は予算変更の都度詳細な資料を提供して来た。
(ハ) 組合は前記経営合理化案の会社側発表に対し経営復興案を提出し一箇月五億七千万円の生産及び販売予算可能なりと主張したが、たとえ生産は可能なりとするも前述の如く購買力の低下、輸出の逼塞等により組合提示の販売が実行不可能なることは徒らに時を藉す迄もなく明白である。
(ニ) 目黒研究所の一部従業員に対し葉書を以て自重方を要望したのは同研究所に於ては合理化案発表後人心動搖し業務の遂行不能の状態に陥り、生産及び能率が極度に低下する虞濃厚なりし為之を防止する手段として之を為したものに過ぎない。
(ホ) 会社は組合との交渉が終了する迄整理該当者の発表を行わない方針なる旨を指示したにも拘らず一部の上司が自己の見込に基き整理に該当する模様である旨を一部従業員に申向けた向もあるが、之は従業員から速に黒白を明かにして貰いたいとの要望があつた為当該上司の人情として為したもので会社の関知するところではない。
(ヘ) 解雇通告の日と解雇確定の日との間に一週間の猶予を置いたのは前述の如く事態の早期収拾の必要を認めたからであつて組合の意向を反映させる余裕を与えない趣旨ではない。
(ト) 申請人主張の昭和二十三年九月に於ける会社の組合宛囘答は会社と三化連間の労働協約の失効前同協約の改訂交渉中会社の人事権に対する協約案の根本的考え方を言明したもので、当時は染料増産計画が漸く其の緒についた時で増員の必要こそあれ人員整理を予想し得ない際であり、其の後無協約の儘一年有半を推移する間に労働組合法の改正其の他客観状勢の変化は労資間の関係にも重大な変遷を加えたのであるから右言明を利益に援用することは実情を無視した口実に過ぎない。
然も右客観状勢下に於て昭和二十四年八月以降第二次の労働協約締結の交渉が行われ、同年十一月十九日の団体交渉に於て会社は組合に対し懲戒解雇は或程度組合と協議する、大量解雇の方針は協議するも個々の場合は協議しない旨を言明した。
(3) 組合役員と雖も雇傭契約は継続し居り且復職の可能性ある以上整理の対象となることを免れ得ないことは自明の理である。然らずとすれば他と甚だしく均衡を失し、延いては職場規律の点からも面白からざる結果を生ずる。
役員の被整理者選定については其の職場に復帰した場合を想定し一般者同様の基準に従い選定し、従て役員を一「グループ」として査定したものではない。
又誰が共産党員であるか、誰が組合活動に熱心であるかは会社の全く関知しないところであり、従て其の故を以て解雇したものではなく、一般者同様の基準によつて判断したものである。
(4) 組合幹部は三化連役員に就任する者五名を加えると二十名となり其の内整理者は五名であるから其の比率は二十五%に当るが、之と同率以上のものが九課(又は係)に及び必らずしも高率とは称し得ない。
(5) 今次整理は所謂不良工員の整理ではなく、余剰人員の整理である若し解雇理由を発表すれば当時の情況上徒に紛争を招き百害あつて一利なしと考え、又解雇理由が相対的判断に基く性質より或は本人が納得し難き感情を抱くことを推測すると同時に他から不良の烙印を押された者と誤認せらるることを懼れて解雇理由を明示しない方針を取つた。
(6) 別紙第三目録記載の申請人等は何れも同目録所載の整理基準に該当する。
(7) 人事管理委員会(中央人事管理委員会と支部人事管理委員会より成る)は旧労働協約に於て個々の人事異動、任免、賞罰等を組合に協議する場合に機密尊重の立場より会社の協議又は諮問機関の相手として認めていたのであるが、旧労働協約失効後は個々の人事は組合に協議しない方針を採り人事管理委員会は之を全面的に否認した。然し懲戒については罰則の適用なる特質に鑑み組合と協議する方針を取り、会社は懲戒案を組合に提案し、之が審理を行う組合内部の機関として中央一本の人事管理委員会を諒承したものであつて従て同委員会は労働協約に基く機関の性質を有しないものである。尚会社が大量整理については方針は之を組合と協議するも個々人の対象者については組合に諮らない旨を明言したことは既述したところである。
(8) 業務上負傷し療養の為に休業する者及び産休者については三月四日附一般解雇者処分と区別し、法定期間満了の日を以て解雇する旨の通知書を同日書留配達証明郵便を以て発送し、更に同月七日附同旨の通知書を同月九日附内容証明郵便を以て発送した。
尤も三月十一日解雇予定の文言ある一般解雇者分と同様第一囘退職金(予告手当分)送金案内状を発送したが之は事務上の誤に基くものである。従て公傷休業中の者及び産休者は何れも法定期間満了の日を以て解雇されるものであるから労働基準法第十九条に違反するものではない。
(三) 会社は今次の人員整理は円満に而も温情的に解決すべく念願し且最善の努力を傾倒したものであつて、該整理が信義誠実に反する旨の申請人主張は既に詳述したところ及び後記理由により該らない。則ち公傷者産休者も一応白紙に還元して整理基準に該当するや否を判定し、又長期病欠者たる結核患者に対しては生活の脅威を除く為発病の日より二箇年間は解雇後も標準月収の八割を見舞金として継続支払い又二箇年を経過した者については昭和二十六年三月迄の療養費を会社に於て負担し更に退職時の会社に対する負債を棒引する等の優遇措置を講じた。
尚未復員者については現に稼働中の者と雖も剰員として整理せざるを得ざる現状に於ては未復員者を整理することは理の当然である。申請人等が戦時中挺身して工場防衞に当り、終戦後も工場再建に努力した点については深甚の謝意を表すると同時に多数失業者の放出に因る社会不安につき遺憾の意を表するも之全く已むを得ざる措置である。会社は鋭意被整理者の就職の斡旋中であつて既に若干の就職を見たが、今般百二十名の大口斡旋が確定的となり、今後もこれが斡旋に全力を注ぐ考えである。
(四) 労働協約の余後効又は既得権の観念は之を認め難い。之を認むるときは利益なる協約当事者は協約を不利益に改訂することを永久に拒否し、重大な社会的経済的事情の変更にも之に即応することは、絶対不可能となり、我国労働関係諸法規の根本精神をなす労資対等の原則は破壊され、企業の伸展は望めないことになる。前記労働協約失効後における労働協約の改訂交渉に際し会社が最も強く改訂を要望した点は人事権を組合の承諾事項とすることを否認したことであつて労働協約失効後に於ては会社は責任を以て任免異動等個々の人事を一方的に実施して来たのである。
仮に余後効を認めるとしても其の範囲は規範的条項に限定され、使用者の人事権に関する債務的事項には及ばないものと解すべきである。
(五) 申請人等の内別紙第三目録記載の申請人(但しR、Dを除く)を除く爾余の者は何れも本件解雇通告当時退職申出を為して退職したものである。
(六) 申請人等の退職手当及予告手当の合計は最高二十万八千五百七十八円平均四万七千八百五十六円に達し、其の他失業保険による救済の道もあるから、申請人等は当座の生活に困窮しないし又之を以て将来の生計を樹つるの資となすことも出来るから本件仮処分の必要はない。殊に申請人Cについては今尚療養期間中であつて未だ解雇の効力を発生していないから此の点でも仮処分の必要はない。
と述べた。(疏明省略)
四、理 由
(一) 被申請人(以下会社と略記)が染料等の製造販売を業とする会社であること、申請人等が申請人主張の解雇通告当時迄被申請人会社三池染料工業所(大牟田市所在)の従業員であつて会社の従業員約九千三百名を以て組織する三池染料労働組合(以下組合と略記)の組合員であつたこと、会社が昭和二十五年二月二十八日組合に対し企業合理化方策を提示し、申請人主張の如き整理基準を示し、千二百四十名見当の従業員(全従業員数の約十五%)を解雇し度き旨を発表したこと、会社が同年三月四日附を以て申請人等を含む人員整理該当者に対し一方的解雇の通告を為したことは当事者間に争いがない。
而して申請人は本件解雇が(1)不当労働行為を構成し(2)信義誠実の原則に反し(3)労働協約の事後効に違反するが故に無効であると主張するので申請人等(但し申請人R、D及び右両名以外の別紙第三目録記載の申請人を除く爾余の申請人は何れも後記認定の如く退職したものであるから之等退職者については此の場合考慮しない)に対する解雇につき之を順次検討する。
(1) 不当労働行為の点
(イ) 証人平山威の証言並成立に争のない甲第十三号証乙第十一、第十二号証第十七号証の一及び同証人の証言によつて成立を認むべき乙第六乃至第十号証第五十乃至第五十二号証を綜合すれば会社が其の主張の如き原因及び経緯に因り極度の経営不振に直面し、之が窮余の打開策として其の主張の如く経営合理化方策を実施し且該方策の一環として本件人員整理を断行せざるを得なかつたこと、本件人員整理による経費の節約が人件費及び之に伴う諸経費を合算して月当り約二千万円に達すること、右経営の不振が必ずしも経営者の不始末に基因するものではなく、単に経理面を改善することのみによつて赤字を克服し得べく然も容易なものではないことを首肯することを得べく、右認定に反する証人水深正義、境親則、池田友成の各証言及び甲第十四第二十七号証は措信しない。
尤も成立に争のない甲第四十八号証によれば昭和二十四年九月末に於ける会社の決算は四千七百余万円の純益金を計上しているけれども右決算は法人税課税及び増資社債発行後の会社信用維持の関係上帳簿上の評価増、欠損繰延等の方法を採つたものであつて原料、整品等の適正評価、欠損繰入等の所謂健全予算の見地よりするときは事実上二億円超の赤字決算となることは前記平山証人の証言により成立を認める乙第五十号証に前題採用に係る各証拠を綜合して明かである。昭和二十四年三月会社生産の染料六十瓲価格四千万円の南米向輸出が確定し、尚爾後毎月右染料三千万円位の南米東洋向輸出の見通しがついたことは成立に争のない甲第四十九号証により会社が本件人員整理費として帝国銀行から一億円の融資を受けたことは右平山証人の証言により孰れも認め得るけれどもこれ等の事実は前段認定の会社の経理状況に照し本件人員整理の必要性を消滅せしむるものとは称し難い。
従て本件解雇を以て赤字補填に藉口する単なる馘首であるとの申請人主張は採用するを得ない。
(ロ) 会社が昭和二十三年九月組合に対し申請人主張の如き整理解雇に関する回答を為したことは当事者間に争がなく、前記平山証人の証言並成立に争のない甲第十七号証乙第十一、第十三号証、第十五、第十六号証の各一、二第十七号証の一乃至五第十八号証の一、二及び同証人の証言により成立を認める乙第十四第四十二号証を綜合すれば会社の組合に対する経営合理化案の発表及び其の前後の経過が被申請人主張二(2)(イ)の項記載の如くであること、組合が会社に対して提示した経営復興案が会社経理の状況より実行不可能なる為会社に於て之を採用しなかつたこと、会社が解雇通告の日と解雇決定日との間に一週間の猶予期間を置いたのは事態の早期収拾の必要を認めたためであること、会社が昭和二十四年十月十九日の団体交渉に於て組合に対し会社は懲戒解雇は或程度組合と協議する、大量解雇の方針は協議するも個々の場合は協議しないと言明したことが疏明せられ、之に反する前記水深、境、池田三証人の証言及び甲第十、第十一号証第十九号証の三は措信しない。
会社が会社経営の目黒研究所に於て申請人主張の如く従業員に対し自重方を要望したこと及び会社の一部の上司が一部従業員に対し整理に該当する模様であることを申向けたことは会社の是認するところであるが、該行為が会社に於て団体交渉を拒否し又は組合の弱体化を図る意図の下に為された旨の疏明はない。
従つて以上認定事実によれば、会社が本件人員整理に際し組合の存在を無視して団体交渉を拒否したものとは認定することはできない。
(ハ) 別紙第二目録所載の申請人等が孰れも同目録所掲の如き組合活動の経歴を有することは証人池田友成の証言及び同証言により成立を認むる甲第五十号証を綜合して之を認め得るけれども、其の余の申請人が組合活動に勇敢且熱心に従事する組合の積極的分子であることの疏明はない。
(ニ) 申請人E、F、A、G及び訴外岡本訓が本件解雇通告当時申請人主張の如き組合幹部であつたこと及び組合幹部の数が十五名であつたことは当事者間に争がないが、証人平山威の証言により成立を認むる乙第四十三号証の一によれば組合幹部の数は三化連役員五名を加え合計二十名となり、其の解雇率は二十五%に当るが、之と同率以上の課が八課もあつて特に高率と称することは出来ない。
(ホ) 前項の申請人四名が組合から給料を支給せらるる組合専従者であることは会社の認めて爭わないところであるが、組合専從者と雖も雇傭契約が存在し且復職の可能性がある以上赤字補填に基く人員整理の埒外に置くべき理由は存在しない。
(ヘ) 申請人主張の整理基準中人物好ましからざる者又は会社業務に協力する程度が低いと認めた者の項目は必ずしも整理基準として不適当とは言い難く従て、之を以て直に組合の御用化弱体化を意欲したものと断定するのは早計である。
(ト) 会社が今次整理に際し解雇理由を明示しなかつたことは当事者間に争がないが、証人平山威の証言に徴すると右整理が所謂不良工員の整理ではなく、余剰人員の整理であり、従つて解雇理由も相対的判断に基く性質を有する結果理由を発表することは他から不良工員の烙印を押される誤解を招き且前段認定の如き当時の情況上徒らに紛争を惹起し事態の収拾に有害なりと思料した為であつて、斯る事情に於て解雇理由を明示しないことは必ずしも解雇者及び組合を無視する不当のものとは解し難い。
尚、申請人は申請人に対する解雇理由が浮動していると主張するけれども此の点に関する疏明はない。
(チ) 証人平山威の証言、成立に争のない乙第三十八号証の二及び同証言により成立を認むる乙第四十三号証の二第五十三号証第五十七号証の四第五十九号証、第六十号証の一乃至五十第六十一号証の一乃至十一を綜合すれば別紙第三目録記載の申請人等が同目録に掲ぐる整理基準に該当すること及び右申請人等が該当整理基準項目の綜合判断の結果相対的低位に在るものと判定されたこと、右綜合判断に当つては組合役員其の他の組合活動者又は共産党員も一般者同様の基準(組合役員については其の職場復帰の場合を想定する)に従つて為されたものであることを認定し得べく、右認定に反する証人水深正義、境親則、池田友成の各証言及び甲第五十号証は信用しない。
従つて本件解雇が全く根拠を有しない旨の申請人主張は之を採用するを得ない。
(リ) 会社が今次人員整理に於て日本共産党員たる一部組合員を解雇したことは前出甲第五十号証により之を認め得るけれども同党員たる組合員の殆んど全部を解雇したとの疏明資料は存在しない。
(ヌ) 申請人主張の如き条項を有する労働協約が其の主張の日締結せられ、其の期間満了に因り其の主張の日失効したこと、組合が右労働協約に基き人事管理委員会を設置し、労働協約失効後も引続き、之を存置していることは当事者間に争がない。而して証人平山威の証言及び同証言により成立を認むる乙第三十三号証を綜合すれば会社は右労働協約失効後は個々の人事は組合に協議しない方針を採り、労働協約に基く人事管理委員会を否定し、唯懲戒については其の性質上組合と協議することとし、会社提案の懲戒案を審理する組合内部の機関として人事管理委員会を承認したことを認め得るし且既に述べたように会社が昭和二十四年十一月十九日の団体交渉に於て懲戒解雇は或程度組合と協議する又大量解雇の方針は協議するが個々の場合は協議しないと明言したことを併せ考えると本件解雇が解雇については組合の承諾を必要とする慣行に違反したものとの申請人の主張は該らない。
(ル) 申請人Cが本件解雇通告当時業務上負傷し療養の為休業中の者であることは当事者間に争がなく、証人平山威の証言及び成立に争のない乙第四、第五号証によれば会社は業務上負傷し療養の為休業する者及び産休者については昭和二十五年三月四日附の一般解雇者に対する解雇通告と区別し、労働基準法第十九条所定の法定期間満了の日を以て解雇する旨の停止条件附通知書を同日附書留配達証明郵便を以て発送し、更に同月七日附同旨の通知書を同月九日附内容証明郵便を以て発送したことが認められる。尤も成立に争のない甲第二十九号証の一、二によると会社が申請人Cに対し同月十日附書留配達証明郵便を以て退職金内払金の送金状を発送しているけれども、これは、右認定事実に徴し、事務上の手違に因り誤つて発送されたものと認むるを相当とする。
而して申請人は斯かる公傷者及び産休者に対する停止条件附解雇又は公傷不具者若くは業務上の負傷を受け乍ら休業しない者に対する解雇は同法第一条の精神に違反する旨を主張するけれども同法条の精神に違反するや否やは画一的に之を肯定すべきものでなく具体的事情に従つて之を判定すべく、而も本件に於ては之を判定すべき具体的資料もないから右主張も採用するを得ない。
以上述べたところを綜合すると本件解雇は申請人等が労働組合の組合員であること又は労働組合の正当な行為をしたことの故を以て為されたものとは認め難いから本件解雇を以て不当労働行為を構成する旨の申請人主張は之を排斥せざるを得ない。
(2) 信義誠実の原則の点
会社が本件整理に際し解雇理由を明示せざりし事情及び組合との協議経過については既に詳述したところであつて其の間の会社の措置が著しく信義誠実に反するものとは言い難く又会社が整理該当者に対し退職を強要したことを認むべき資料もない。
尚本件整理の対象者が千数百名の大量に上り且其の中に労働基準法第十九条所定の公傷者、産休者、結核に因る長期病欠者及び未復員者を含むことは当事者間に争ないところであるが、前段認定の如く本件人員整理が極度の経営困難から会社及び多数従業員を維持する為の必死の打開策である以上、右整理者の救済を強力適切な社会施設に待つは兎も角、右解雇の責を会社の不信に帰するのは一営利会社たる被申請人に対し聊か酷に失するものと思料せざるを得ない。
従つて此の点に関する申請人の主張も採用しない。
(3) 事後効の点
会社及び組合が昭和二十一年九月二十八日労働協約を締結し、該労働協約が其の期間満了に因り翌二十二年九月二十七日の経過により失効したこと、右労働協約第五条に組合員の解雇に関することは組合の承諾の上行う旨の規定の存することは当事者間に争がない。然し労働協約の失効後に於ける所謂事後効又は既得権なる観念はにわかに之を首肯し難く、労働組合法第十五条第十六条の法意よりして労働協約は其の失効と同時に其の効力を失い組合は最早労働協約に基き人事に関する前記介入権を主張することを得ざるものと解するを相当とする。
(二) 申請人の内別紙第三目録記載の申請人(但しR、Dを除く)以外の爾余の者が孰れも本件解雇通告当時会社に対し退職申出をしたことは当事者間に争がなく而して該退職申出が申請人主張の如く詐欺若くは強迫に基き又は錯誤不真意によることを認むるに足る資料がないから右退職申出は何れも何等の瑕疵なくして為されたものと推定すべく従て前記退職申出者は其の退職申出により有効に退職したものと謂わなければならない。
(三) 会社が前敍退職申出者以外の申請人(但しCを除く)に対し会社就業規則第四十八条第三号所定の会社都合による解雇規定に基き昭和二十五年三月四日附を以て同月十一日を解雇確定日とする解雇通告を為し、同月十一日法定の予告手当を郵送し、右申請人等が之を受領したことは証人平山威の証言、成立に争のない甲第十八号証及び同証言により成立を認むべき乙第二号証第三十二号証の二第三十五号証を綜合して認め得るから右解雇は有効である。又申請人Cが業務上負傷し療養の為引続き休業していること及び同年三月四日附の法定期間満了の日を以て解雇する旨の停止条件附解雇通告を受けたことは申請人の自認するところであつて其の解雇は条件未成就の為未だその効力を発生していない。
以上のような訳で会社の申請人等に対する本件解雇行為を無効とする申請人の主張は理由なきものであるから爾余の点を判断するまでもなく本件仮処分申請を失当として却下することとし訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し、主文のように判決する。
(裁判官 江崎彌)
(別紙)
第二目録
組合活動の経歴
反証事項
A
昭和二十二年九月、昭和二十三年五月代議員昭和二十三年六月執行委員
昭和十六年入社以来無欠勤
同年八月から賃上労働協約締結の闘争につき企画部副部長として「スト」計画を担当し、特に指導班長として炭部、大浦発電所の「ストライキ」の具体的指導を行う。
終戦後調査課から指名による懇望を受け同課に勤務し、爾来業務能力、勤務振りにつき上司同僚の信頼こそあれ他に劣る等言われたことはない。
昭和二十四年四月執行委員となり生産経理部長、情報副部長と情報部長を歴任
同年十月執行委員に選出され企画部長として同年十二月に賃上、労働協約締結、越年資金闘争の戦略を担当指導し、引続き今次整理迄闘争指導を行う。
B
昭和二十年末、代議員常任理事
染色課係員中では経験年数に於て第二位であつて特に建染染料については他の追随を許さない。
昭和二十二年七月三井化学工業株式会社労働組合連合会(以下三化連と略記)委員として賃増等の闘争につき中央交渉に当る。
同年九月執行委員
昭和二十四年七月染色課長より成績を賞讃され其の月の生産手当は特に高い。戦時中に於ける硝安工場の建設につき所長より賞讃せられた。
昭和二十三年十月副闘争委員長兼情報部長兼共同闘争対策部長として闘争の先頭に立ち、三池染料工業所次長平山威から闘争の責任は必ず取らせるぞと言われた。
昭和二十四年四月職場に復帰したが、染色支部長三化連代表委員に就任
同年末の越年闘争に於て団体交渉を為し其の際前記次長からこんな事をするとお前の首が危いぞと言われた。
染色工場の移転計画は職場復帰迄実現しなかつたが其の後之を担当し一年内に完成した。
C
昭和二十二年九月支部長、代議員
昭和十八年入社以来昭和二十二年迄勤務、
昭和二十三年三月執行委員に就任し組織部副部長を担任し、三化連委員を兼ねる。
昭和二十三年度事故欠一日、昭和二十四年度事故欠三日、遅刻早引回数年間を通じ各五回以内、病歴年間を通じ一週間以内
同年七月副企画部長として立案指導を行い、翌二十四年一月迄其の任に当る。
入社以来生産係員として担当工場の優秀なる成績保持
昭和二十四年三月原職場に復帰し総会委員となる。
同年十二月支部長、支部闘争委員長として闘争を指導
昭和二十一年春以来骸炭部調査係として沈澱炭の回収の為率先して沈澱池三個を増設し、又複雑困難な資材割当業務を遂行し夫々部長等より賞讃せられた。
昭和二十五年一月以来今次整理につき共同闘争委員長「デモ」隊長として活躍
執行委員辞任後は「コークス」再生試験に当り又工業用水電気蒸気等の工場管理に必要な調査総計事務及び保安関係事務を掌り夫々業績を上げた。
D
昭和二十一年四月代議員となり賃増闘争の交渉委員として上京
欠勤一日もなく業務能力に於ても係長から信頼を受け、生産手当も同年度入社の者より上位である。
同年六月常任理事
昭和二十二年九月執行委員、三化連交渉委員となり調査部長を担当
昭和二十四年三月職場復帰、同年九月福利支部長兼代議員となり越年闘争、首切反対闘争に参加
共産党員
E
昭和二十一年組合長として賃上、厚生物資配給、職従差別撤廃等を要求獲取
昭和十年入社以来業務に精励し成績優秀の為昭和十七年職長に昇格
昭和二十一年九月執行委員長となり闘争委員長として、賃上退職金制度等の闘争の先頭に立つ。
昭和二十三年六月職場に復帰し、骸炭連合支部長洗炭支部長に選出され労働協約の締結其の他の組合要求につき連合支部及び支部闘争委員長として強力な「スト」を敢行
昭和二十四年三月執行委員
同年十月執行委員長となり越年資金の要求闘争を為す。
昭和二十五年闘争委員長として首切反対、賃上等の闘争を闘う。
共産党員
F
昭和二十一年組合書記
昭和七年入社以来一回も懲戒を受けたことがなく戦時中殆んど毎年無欠勤者表彰を受け終戦後も昭和二十一年七月以来無欠勤で昇給は常に上位であり、昭和二十二年職長に昇格
昭和二十二年以来執行委員其の間数次の闘争の先頭に立つ
三井染料青年学校在学中は級長副級長を歴任し、卒業後は三井染料共愛青年団の幹部を勤め、又会社の共同経営になり厳重な推選試験を要する三池専門夜学会に入学し、昭和十七年卒業した。
共産党員
G
昭和二十二年組合調査部常任書記、代議員
事故欠一日もない。
同年六月賃増闘争につき情報宣伝部の常任闘争委員
昭和二十三年五月青年部の幹事、教育宣伝部長
昭和二十四年情報宣伝部の常任書記
H
昭和十六年支部青年隊長及び支部役員
三池染料青年学校在学中数回に亘り皆勤賞賞状、職務勉励賞、表彰状を受く。
昭和十八年骸炭連合青年部長
業務に精励し作業技術も優秀で職長代理もした。
昭和二十一年総会委員
昭和二十四年六月油脱水「キヤツプ」の優良考案を為し課長から賞讃せられた。
昭和二十四年代議員
I
代議員、総会委員、青年部幹事を歴任したことがある。
J
昭和二十一年代議員
入社以来事故欠はなく一回もなく、勤務成績優秀であつて、昭和二十五年二月所属係に於て生産手当は最高
昭和二十二年五月教育部員、同年六月食糧危機突破要求闘争の企画立案に参画
同年九月執行委員となり、文化副部長に就任し、賃金増額、退職金扶助規定等に関する闘争の企画立案に参画し、職場闘争を強力に指導
昭和二十三年二月総会委員
同年七月闘争委員、企画部員として闘争指導
昭和二十四年四月代議員、同年五月中央人事管理委員兼任、同年九月選挙管理委員兼任
同年十月代議員会副議長、同年十月闘争委員会副議長。
K
昭和二十三年六月青年部幹事
入社以来事故欠は病気等で数日、遅刻七八回位、早退四五回位
同年九月以降十二月迄賃増等の要求闘争につき青年行動隊情報宣伝部員として活動
職場では皆に好まれ、職長係員等に良く働くと言われ、昇給額も良好
昭和二十四年三月婦人部幹事
L
昭和二十二年十月昭和二十三年七月代議員として賃増等要求闘争
昭和十五年以降昭和十九年迄の間職務勉励無欠勤により数回表彰を受け又融解点測定に於ける動揺防止研究提案の為賞金及び賞状を受く。
昭和二十三年八月より十月迄要求獲得の為青年行動隊副隊長、組合常駐闘争委員として闘う。
昭和二十四年四月青年部長となり、組合常駐執行委員として賃増、労協、越年資金要求獲得の為闘う。
同年十一月以降代議員として賃増、労協、首切反対闘争の為闘う。
M
昭和二十二年代議員、教育宣伝部員
入社以来事故欠は一日もなく、業務能力も優秀である。
同年十二月越年闘争の先頭に立つ。
昭和二十三年六月以降代議員
昭和二十四年十月福利副支部長
共産党員
N
代議員、総会委員、副支部長、闘争委員、副支部闘争委員長等を歴任し、昭和二十二年十二月の職場闘争、昭和二十三年八月の盆休要求、同年十月水洗場の問題に於ける職場大会で夫々強力意見を発表し闘争を指導
入社以来業務に精励、成績優秀でks合成工程の責任工ともなり昇給額は抜群で、業務精励に因り表彰を受けたこともある。
共産党員
O
昭和二十三年十月賃金闘争の際支部青年行動隊の一員として行動
昭和二十四年八月から昭和二十五年二月迄月平均二十三日は出勤
昭和二十四年一月、八月管理支部に於て係員に対し環境手当の増額方交渉
昭和二十五年一月職場闘争の指令に基き首切反対同盟を組織して係長に交渉
同年三月情報宣伝部行動員
P
環境手当は普通、生産手当も全員の中間、出勤状態は良好であつて、作業面に於ては先頭に立つ。
Q
昭和二十二年から昭和二十三年六月迄青年部役員
事故欠は一日もなく、遅刻は二箇月に一回位、早退は組合関係以外は殆んど皆無
同年六月青年部副部長
職場責任者の仕事を為し職長応召中は其の代行を為し、生産手当、昇給も良い方である。
同年八月賃増、労協等の要求闘争の際青年行動隊情宣班長として情報活動を指導
其の後総会委員、支部闘争委員、青年部委員として活躍
R
昭和二十五年一月から猛烈な組合活動を為す。
生産手当は良好
S
昭和二十二年九月総会委員
業務能率甚だ良好
同年十月賃増闘争に際し支部闘争委員支部企画部副部長として強力に職場闘争を指導
昭和二十三年一月総会委員同年六月代議員、同年八月調査部員
昭和二十四年一月代議員、同年十一月総会委員
T
昭和二十三年総会委員、支部青年部長、本部青年行動隊情宣班長
欠勤日数は必ずしも他の者と比較して多くはない。
昭和二十四年四月同年十月代議員
U
民主青年団員、共産党員として組合闘争を為す。
勤務振り良好で生産手当も常に持店以上
V
昭和二十四年三月青年部委員
出勤率は所属課内上位作業成績も同課内の中位
昭和二十五年二月代議員の代理として連日闘争委員会に出席し首切闘争の為に闘う。
W
昭和二十二年十月賃上闘争の際支部闘争委員
相当の業務成績を挙げ個人点も持点以上であつて所属員中持点以下の者多数あり。
昭和二十四年十月代議員
昭和二十五年総会委員
共産党員
X
昭和二十三年五月総会委員、青年部委員、炭油第一支部青年部長
昇給普通
昭和二十三年八月以後の賃上等の要求闘争の際青年行動隊員として活躍
Y
昭和二十一年一月大浦発電所支部副支部長
戦時中職場を死守し金一封を受けた。
同年八月同年支部員十数名の整理反対闘争の先頭に立ち解雇取消を承認させる。
終戦後の混乱期にも一日も休まず運転開始の為積極的に働く。
労働協約闘争の際本部闘争委員として活動
昭和二十三年十月全工場の蒸気漏れ防止対策、同年十二月三号鑵の完全修理其の他計器の故障排除等につき会社に進言し、前者については会社之を採用して月千万円の利益を得、後の二者については進言を採用せず従つて之に因る爆発を惹起した。
同年十月代議員
昭和二十二年一月より三月迄三化連労働協約、退職金闘争の際し本部情報宣伝部班長として活動
同年四月選挙対策委員、情報部員として活動
同年十月より昭和二十三年一月迄賃増等の闘争に当り闘争委員として情宣活動に参加
昭和二十三年六月支部長、支部闘争委員長
七月以降の賃増闘争、十二月越年闘争指導
昭和二十四年一月代議員
今次整理に際し支部闘争委員として闘争
Z
昭和二十三年一月より六月迄代議員
昭和二十一年入社後二、三箇月にして臨時特別個人昇給
同年六月より昭和二十四年一月迄支部長及び支部闘争委員長
昭和二十三年四月「アセチレン」熔接工国家試験に合格
昭和二十四年十月より支部闘争委員長
昭和二十四年社長より金一封及び表彰を受く。
昭和二十三年十月闘争に於ては文化工作隊を組織し宣伝及び資金「カンパ」活動を行う。
入社以来事故欠なく昇給、生産手当等も最高位又は上位
其の他職場闘争、越年闘争、今次整理に対する闘争等に於て常に組合及び組合員の利益の為に努力した。
a
昭和二十二年九月青年部幹事
入社以来事故欠遅刻は一度もなく、早退も二、三回位
同年十二月闘争に際して戦術委員会に加わり直接行動には他の先頭に立つ。
職場復帰後は事務の外書類の発送、控所の掃除等数人分の仕事をした。
昭和二十三年六月青年部副部長
同年九月より昭和二十四年十一月迄組合専従者として組合運動に専念
昭和二十四年三月婦人部長
同年九月三化連代表委員
b乃至k
遅刻欠勤も少く、業務能力も分析課で最も優秀
第三目録
氏名 該当項目
A イハチ
B イハ
C イハ
D イハ
E イロハ
F イロハ
G イロハチ
H イロ
I イヘ
J イハロ
K イロハ
L イハヘ
M イハチ
N イハ
O イハ
P イハチ
Q イハ
R イハ
S イハ
T イハ
U イハ
V イハニ
W イハ
X イヘ
Y イハ
Z イハ
a イ
b イハ
c イハニヘチ
d ニ
e イハ
f ニヘ
g ニ
h イハ
i イハ
j イハニ
k イハニ
備考 イロハニホヘトチの各符号は申請人主張の整理基準に依る。 以上